NOV'S BLOG

LGBTやSOGI(性的指向・性自認)に関する政治動向・理論や活動などについて、主に綴っているブログです。

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2014年の最後に

早いもので、2014年も大晦日になりました。

年初から心身ともに調子が悪くて、GW頃は絶不調。パレードをはじめとするレインボーウィークのイベントにも出られず、gid.jpさんのシンポジウムには手紙にて出演(?)しました。

その後、6月の中野区長選をきっかけに状態は一時持ち直したものの、晩秋から初冬にかけては精神的に二番底となりました。

また、総選挙近辺での、歴史を直視せず同じ失敗を繰り返す動きにも嫌気がさしました。で、LGBT活動関係のポスト、実は年内で全て返上(というか辞職)するつもりでいたのです。

が。つい先日行なわれたさる打ち合わせは、例え少なくとも、同じ危機感や問題意識を持っている人がいる事を思い出させてくれました。

祭りの時だけでなく、普段から地道に動くこと。歴史を踏まえること。対立する相手であっても全否定はせずに、対話を続けること。困っている人の視点を忘れないこと。穏健で現実的な中道左派の立場から活動を続けていくこと。

私にあとどれくらい時間が残されているかは分からないのですが。上に述べた事を継承することができるまで、もう少しだけとどまって、自分ができることをしたいと思います。

私の卒業発表は、みんなが心から笑顔になれる時にしたいと思います(こじはる)。

今日は紅白の録画予約を済ませたので年内の業務は終了…というのは冗談で、夜~年越しの時間を跨いでの、連れ合い石坂の街頭活動にお供します。

みなさま、良いお年をお迎えくださいませ!

↓石坂事務所から見える富士山です。
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生きねば

 先週の今日、朝目が覚めたら、札幌在住のゲイ友から携帯メールが届いていました。メールを開いたところ、私が、15年前に札幌のゲイ・コミュニティに出入りし始めた頃からおつき合いのあった御方(札幌在住)の訃報でした。メールを読んで5分くらい、言葉が全く出ませんでした。家を出る前に連れ合いが「落ち込みすぎないで」と声をかけてくれたほど。

 その方との関係性、友達というには恐れ多いし、お知り合いというにはよそよそしい。強いていえばお世話になった方なんだろうけど、しっくりこない。結局、他の関係性には置き換えられない存在であり、その方が「余人にもって替え難い、かけがえのない存在」という事実に、今更ながら気づかされました。そして、「葬儀には絶対出なければならない」と思いました。というか、それ以外の選択肢は、自分の中には全くありませんでした。

 2002年のレインボーマーチ札幌で、故人と私はともに実行委員を務めていました(私は東京在住の札幌実行委員でした)。その年は、レインボーマーチ札幌の一週間前(!)にTLGP2002が開かれるという、札幌パレード関係者にとっては過密スケジュールな9月でした。故人は翌週の札幌PRも兼ねてTLGP2002に参加したのですが、TLGP2002本番の数日前、当時の私の家(南阿佐ヶ谷駅近く)に故人が泊まりました。その時、フツーの家庭料理を出したにもかかわらず、喜んで食べてくださったことはとても印象に残っています。お葬式の時に、親友と話したところ、故人は後年になっても「ノブノブ(=赤杉のことです)の家での食事が美味しくて忘れられない」と語っていたと聴いて、涙腺が決壊してしまいました。

 その後、故人は東京に住んでいたこともありました。10数年ほど前、私が厭世状態の時、御徒町や表参道など、外にさりげなく連れ出してくださる優しさと繊細さの持ち主でした。二人で飲んだ時に聞かせてくださった中国茶のお話から垣間見られる教養と知性は、自分にとって憧れでした。そして、札幌のゲイナイトやレインボーマーチ札幌で見せた、ザッツ・キャムピー!というべき、飛ばしてイカした言動。下世話さやお下劣さ、そして気高さや聖なる部分が同居している。そんな方でした。

 私は最近、精神状態は前向きになっていたとはいえ、完全ではないのも事実です。なので、葬儀のため札幌へと向かう道すがら、正直言って、故人に「ノブちゃん、次はあなたの番よー」と手招きされている気もしました。でも、故人の人柄を反映するかのような札幌関連ゲイの一大同窓会的なお通夜に参列し、その後、長い付き合いの友人達(よく考えてみたら、ほぼ全員、札幌ミーティングのOBでした)と故人の話や昔話をずっとしながら、少しずつ違う気持ちに変わっていきました。

 故人も、自分も、札幌の友人達も変わってしまった部分が、きっとある。それぞれの道を歩み、また一緒に行動したり活動するということは、なかなか難しいかもしれない。でも、故人の思い出話に始まり、昔の話をしてみると、各々の根本的な人間性、一緒に濃密な時間を過ごしたメンバー同士が持ち得る感覚は変わっていないんだなぁとも思いました。

 お通夜から実家へ帰宅した夜はこれまで39年生きてきて初めて、一睡も眠れないという体験をしました。そして最後のお別れはとても辛かったけれど、告別式まで参列して良かったのだと思います。誰もがいつかは死んでしまうからこそ、「今を生きねば」という想い、そして「今の自分だからできる事・やるべき事を一生懸命、でも無理し過ぎずに、自分ができる範囲でやっていけばよいのですね」という想いを胸に東京に戻ってきました。

 故人と生前会う度に、「この曲が好き」と故人が言っていたのを思い出し、家であらためて聴いてます。

父の日

 日付が変わって昨日は父の日。午前10時少し前に、父(そして母)に携帯メールを送りました。未明に、東北地方を中心とした地震があり、札幌に影響があったかどうか、ちょっと心配でもありましたし。

 そしたら数分後に父から電話がありました。「メールありがとうな」「元気か?」等々・・・1分くらいの会話の後、父はすぐ母に電話を渡してしまいました。こういうところは昔からあまり変わらない父(笑)。母は母で、近況報告をしてくれつつも、ちょうど始まったW杯の試合(母はコンサドーレ札幌が設立されて以来のサッカー観戦好き)に若干気を取られがちのようでしたが^^;。

 先月の帰省時、両親と私の相互間で、お互いの加齢や老いについて認識し合えた(と私は思っているんだけど)ことは、とても良かったと思っています。子どもである自分が、親の加齢に思いを新たにするというのは、わりとありがちだと思うんですが。親は親で、「疲れがなかなか抜けなくてねぇ」という私の発言を聞いて、「昔は数時間寝たあとに、すぐまたガッコや活動に出かけてしまう、若かった頃のあの子ではないんだ」と感じてくれた…ような気がします(笑)。

 とにかく、週1~2回の携帯メールや電話でのやり取りは継続中です。

長い付き合いになったね

 今年のGW、東京がレインボーウィーク2014で盛況のさなか、私は札幌の実家へ静養を兼ねて帰省していました。5泊6日、近年では随分と長い帰省でした。

 2つ前のエントリーの通り、私は精神状態が悪くて、3月頃から両親が「うち(実家)へ休みに来ない?」と誘ってくれていたのです。しかし、その頃の私は本当に妄想気味で「んなこと言ったって、40歳近い息子がこんな状態になって迷惑がっているに違いない」と思いこみ(迷惑というか不甲斐ないのは事実ですが^^;)、なかなか帰省する踏ん切りがつきませんでした。

 しかし、3月末、どうしても外部の誰にも相談できない、個人的に哀しいことが起きました(内容は秘密にさせてください)。そして気づいたら…、母に携帯メールを送っていました。折り返しすぐ携帯に電話をくれた母を相手に、泣きながら1時間近く話をしてしまいました。雨降る中野駅の南口ロータリー付近で。母はただただ、私の話を聴いてくれました。

 私の周囲はありがたいことに頭が切れる人が多く、私が何か話をしたり相談すると、そのテーマでのアドバイスに加えて、私の真意や深層心理を分析・解釈してくださいます。それはとても感謝すべきことなのですが、この時の私は、ただただ苦し気持ちや悲しい気持ちを受け止めて欲しかった。そして真っ先に思い浮かんだのが、この歳になって恥ずかしいのですが、母親でした。

 それ以来、「ちゃんと一度帰省しなきゃいけないな」と思うようになりました。正直、GWの華やかな東京にいることへの辛さもあり、GW中に帰省しました。

 これまでも、札幌で毎年パレードが開催されていたおかげ(?)で毎年9月には帰省していました。しかし、パレードでの帰省は、実行委員時代、ゲイメディアの撮影要員時代、そして昨年は関連イベントのお手伝いもあり、正直言って両親とゆっくり話すこと、いや面と向かうことは殆どありませんでした。それでも両親は、自分の事情を分かってくれて「お兄ちゃん(私は二人兄妹の長男です)、仕事のようなものだから」と送り出してくれました。

 今回(内輪話で恐縮ですが)、昨年後半に両親が相次いで怪我をしたこともあり、なるべく一緒に過ごす時間を持ちました。大変申し訳無かったのですが、今回の帰省、札幌の友人には全く伝えず、夜も出歩くことなく、季節外れのお墓参りや散歩の他は、ずっと実家で過ごしました。

 両親とも敗戦の年の秋生まれなので、今年秋で69歳。年齢の点からいうと当たり前なのですが、やはり両親にも老いは徐々に訪れているのだということを、今回一緒に過ごして実感しました。また、今回の帰省中、私は39歳の誕生日を迎えたのですが、両親・妹と家族揃って前夜・当日夜と食事を取ることが出来ました。当日夜、食事をしながら「家族揃って誕生日を祝える機会は、あと何回あるだろうか・・・」と考えてしまいました。

 39歳になった私に母が、「私たちも、長い付き合いになったねぇ」と声をかけてくれました。何気ない一言だったのですが、とてもしみじみとしてしまい、涙を堪えるのに必死でした(きっと気づかれてたと思うけど^^;)。昔は会話をほとんどしなかった父も、私の体調を気遣ってか、「~食べるか?」「~飲むか」としきりに声をかけてくれました。札幌に着いた頃の私、相当顔色が悪かったみたいで(東京に戻る日、母が「随分顔色がよくなってホッとした」と言ってくれるまで、自分では気づいてなかったんですが^^;)

 このエントリーで、私、「家族バンザイ!」と言うつもりは全くありません。法的には縁を切ることができない家族だからこそ、その関係に悩む人はたくさんいます。特にLGBTの場合、家族の存在や言動に苦しめられるケースも多いでしょう。だから、このエントリー、単なる家族賛美にはしません。なので、少々補足させてください。

 私は札幌のゲイ・コミュニティーにデビューしてちょうど1年で、母親にカミングアウトしました。そして母は、父や妹、そして親戚へのフォローもしてくれました。2000年2月、私にカミングアウトされて3週間(!)後、LGBTの子どもを持つ親の会に初めて参加した母は涙を流しながら、「私は『ゲイ』はずっとテレビの中の世界の人で、自分の回りにはいないと思っていた。でもそれは、刷り込みであり洗脳でした」と参加者の前で話してくれました。

 そこから、母はLGBT活動を応援してくれるようになりました。昨年のレインボーマーチファイナルでも、出発前の会場に少し顔を出して、(あまり社交的な性格でないにも関わらず)各地の私の友人・知人に「いつもお世話になっています」と一緒に回ってくれました。

 そう、「家族だから」という理由だけではなく、母はカミングアウト後の私にとって、理解者であり戦友でもあったのです。こんな戦友がいたのに、どうして早いうちに相談しなかったんだろうと、今回とっても後悔しました。でも、お互いまだ生きているうちに、そう気づけて良かった…とも思いました。

 東京に戻る日は、実家を離れるのが辛かったけれど、それ故に帰京後は意識して(といっても週に1~2回くらいですが)両親へメールや電話で連絡するようにしています。そして、「戦友」に、快復した私の姿を見せるという励みが新たにできました。できれば今年は夏にも、もう一度帰省したいなぁと今は思っています。

お詫びと現在の心境

 2014年年初から静養中です。当時ご心配、ご迷惑を掛けてしまったみなさま、本当に申し訳ありません。SNS等での一連の不安定さで、私への信頼が落ちてしまっていること、厳粛に受け止めています。呆れられてしまっても仕方のない無様さだったと思います。SNSをストップしたあとも、さらに落ち込み、自暴自棄気味になった時期もありました。

 まだ100%完調、というわけにはいかないのですが、ここ数日(2014年6月上旬)ちょっとしたブレイクスルーがあって、前向きな気分になってきました。

 当初は自分自身がやりたいと思っていたことに関して、昨年末辺りから「強制されているような被害者意識(妄想)を持っていた自分」「できれば避けて通りたがっていた自分」に、ブレイクスルーを通じて気付きました。自分、なんて情けないんだろうと、本当に久しぶりに自分への悔しさで涙を流してしまいました。

 39歳にもなって遅すぎるかもしれません。でも、いつ死ぬか分からない人間、被害者意識を持ったまま死んでしまうより、もし明日死ぬとしても、その前に自分の弱い部分とやるべき課題に気づくことができて良かった…とも思っています。

 焦らず調子をさらに整え、ご迷惑をおかけした方にきちんとお詫びをできる状態にし、自分がやるべきことや現状を直視して、(たまには弱音を吐くかもしれないけど)取り組んでいきたいと思います。

 正直言って、セクシュアリティやジェンダー関連のお話や活動に関しては、今の自分にはまだ荷が重く、能力も至らないので、ここや他のSNS等では当面触れることはほとんどないと思います。でも、「複雑な現実に向き合いながら折り合いをつけ、相手に『敵方』のレッテル貼りをせず、まずは対話を重視しながら活動している方々」のことを応援する気持ちは持ち続けています。

 当面は、今、関心があり、復調したら取り組みたい「利害調整&現実的選択としての政治」「自治意識と自由主義・民主主義」「お互いを尊重しながら、公共性を作り上げる」「日本における中道~中道左派勢力の帰趨」などの政治のお話、そして趣味や日常のお話を書き込もうと思います。

 また、今まで、人から物事を依頼されると、信頼していただいている(ように思える)嬉しさが勝り、ついつい引き受けてしまったのですが。他人にも相談できず、自分のキャパ以上のものを背負って爆発するのは、かえってみなさんへご迷惑をかけることに気づきました(この歳になって、遅すぎですね)。

 なので、これからはどうしても時間的・能力的に難しいときや無理な時は、ご依頼を「無理!」とお断りすることがあるかもしれません。でも、悪意あってのことでは全く無いです!「あぁ、シングルコア&シングルタスクの赤杉、今はいっぱいいっぱいなんだなぁ」と思っていただけると(勝手ながら)幸いです。

5月25日(土)、共生中野学習会 「地域を支える場所作り コミュニティカフェという形」

 今週土曜の5月25日、連れ合いこと、石坂わたるの政務調査用会派「共生中野」主催にて、学習会「地域を支える場所作り コミュニティカフェという形」を行います。街づくりやコミュニティ作りにご関心をお持ちの方には、興味深い内容になるかと思います。恐らく私も会場にいます。



共生中野学習会 「地域を支える場所作り コミュニティカフェという形」

 【学習会 趣旨】
 “コミュニティカフェ”という言葉をご存知ですか?地域の人々が集まり、出会いや活動の場所となるべく作られたカフェ(飲食店)です。福祉や街づくりなどを目的としたコミュニティカフェが、全国で増加しています。地域社会を支えるコミュニティ作りの場としてさまざまな役割が期待されるカフェやバーを運営する方々に、その取り組みや意義、運営方法などをうかがいます。
 

日時 2013年5月25日(土) 午後1時30分~午後4時

場所 キッチンそら (中野区中央5-48-5 シャンボール中野103号)
*JR中央線・東京メトロ東西線 中野駅南口改札から徒歩6分ほど。中野五叉路で大久保通りを高円寺方面に進み、徒歩1分です

参加費等 なし(各自のご飲食代をご負担ください)

スピーカー(順不同)
中川弥生子さん(キッチンそら店長/NPO法人障害者の就労を進める会 理事長)
木村知昭さん(ソーシャルエナジー株式会社 代表取締役)
徳本裕之さん(ZATTA マスター)
丸山伊太朗さん(ウナ・カメ・リーベラ オーナー/エカイエ)

高齢化に備えて(?)、ブログの文字サイズをクリックひとつで変えられるようにしました。

 お気づきになられた方もいるかもしれませんが、このブログのテンプレート(PC版)を昨日変えました。目的は文字の大きさを変えられるようにするため。クリックひとつで、文字の大きさを小・中・大に変えることができ、「大」にすると相当読みやすくなります。

 先日、新年号の「たつのこ通信」(連れ合い氏の政務調査用会派「共生中野」の議会活動報告)を色々な方に届けたり、渡した時のことです。いつもの「たつのこ通信」はA4二つ折りサイズなのですが、今回は新年特別(?)号として、B3二つ折りサイズに拡大されました。で、紙サイズの拡大に伴い、文字も大きくなりました。そんな新年号「たつのこ通信」を読んでくださった年上の方々から、「今回は文字が大きくて読みやすい」「文字が小さいと、自分たちが読者として想定されていない気がする。だから今回の拡大版は嬉しい」とのお声をいただきました。

 確かにそうかもしれません。社会全体の高齢化が進む現代は、未だかつて無いほど、中年層以上の世代が大量に文字を読む時代といえるかもしれません。そう考えると、中年層以上の方々に伝えたいことを読んでいただくためには、文字の大きさを配慮した読みやすさが不可欠、と思い至ったのです。

 というわけで、このブログも、文字の大きさを変えられるようにしてみました。これで少しは読みやすくなるかな?あと、テンプレート変更のついで(?)に、プロフィールも更新してみました。色々書きだすと止まらないんですが、名刺代わりの自己紹介ということで。
 
 あと、さらに、連れ合い氏ブログの文字フォントも大きくしてみました。こちらはテンプレート(exciteブログではスキンと呼ぶ)自体は変えずに、CSSをいじって、文字のフォントを大きくしてみました。私のブログ以上に多くの人が目にする連れ合い氏のブログなので、文字が読みやすくなって、一安心です。

11月9日(金曜)、共生中野(≒石坂わたる)のお茶会開催


11月9日(金曜)、共生中野(≒連れ合い氏こと、中野区議会議員 石坂わたる)のお茶会を開催します。どなたでも参加できますよ。私も当日参加予定です。



【日時】11月9日(金曜)午後7時~午後9時


【場所】キッチンそら 中野区中央5-48-5 シャンボール中野103号
(JR中央線・東京メトロ東西線 中野駅南口改札から徒歩6分ほど)
キッチンそら Tel:03-5340-7803
キッチンそら 公式サイト http://kitchen-sora.jp/


【費用】ご自身の飲食代のみ負担をお願いします。


【備考】予約不要・途中入退場可能


 「中野区議会について、もっとくわしく知りたい」「中野区について考えたい」「暮らしの困りごとがある」、「セクシュアリティや発達障がい、政治や福祉や教育について話したい」、「友達を増やしたい」「キッチンそらで食事がしてみたい」など、どなたでも歓迎です。

 なお、ここ数回のお茶会で継続中の、「中野の課題と将来を考えるワークショップ」も行う予定です。皆さまにお会いできることを楽しみにいたしております。

GW2012

 4月29日

 スピーチを行なう連れ合い氏(石坂わたる)のお供と、自分が共同代表を務める「特別配偶者法全国ネットワーク」が参加を決めたため、東京レインボープライド2012で歩いてきました。今年一番の暑さで日焼けしてしまった・・・。会場の代々木公園イベント広場では全国各地の友達と再会したり、東京プライド時代に理事を一緒に務めていた仲間と話したりして楽しかった。


 パートナーシップ法関連で、TBSテレビさんの取材を受けてコメントがOAされるはずだったのですが、当日起きたバス事故のため、私や一緒にインタビューを受けた人のコメント部分はカット(残念)。でも、TBSラジオさんの「Dig」って番組で、この前の水曜(5月2日)、パレード関連で私や連れ合い氏のコメントがOAされました。



5月3日

 石坂わたるの議会活動報告「たつのこ通信」の発送作業でした。前号は3人で丸2日間を要していた作業なのですが、今回は延べ17名(!)の方にご参加いただき、楽しみながら半日で作業を終えることができました。

 連れ合い氏のつながり、私の繋がり、そして色々な所から情報を見て参加していただいて、とても嬉しかったです(公選法の関係上、御礼の言葉が書けないのですが、この気持ち、察してくださいね!)。



5月4日・5月5日

 年に数回あるかないかの、連れ合い氏と私両方の休日でした。



5月4日

 東京藝術大学美術館で開催されている「近代洋画の開拓者 高橋由一」を観て来ました。ポスターでも使われている鮭の絵がとても印象深かったです。
高橋由一



 その後、多摩ニュータウン方面の連れ合い氏の実家へ。手巻き寿司や揚げ春巻きをいただきました。食事後は連れ合い氏母のPC設定を、連れ合い氏と一緒に行ないました。



5月5日

 誕生日。昨年、葉山町の一色海岸で夏の週末に営業されていたカラフルカフェが5月4日・5日に今年のプレオープンということで、連れ合い氏と行ってきました。

 湘南新宿ラインに乗って、まずは逗子駅へ。
逗子駅前 ロータリー


 バスで葉山御用邸の目の前へ。まずはカラフルカフェから徒歩一分の一色海岸を散策し、カラフルカフェへ。テラス席でくつろぐ私。
カラフルカフェにて


 私がオーダーしたカラフルしらすピラフ。
カラフルしらすピラフ



 カラフルカフェは、NPO法人 グッド・エイジング・エールズが運営しています。
GAY フライヤー



 グッド・エイジング・エールズと、電通ダイバーシティ・ラボが共同発行した企業向け冊子「MEET LGBT」。実は私、ポリティクスのページで少々監修させていただきました。
MEET LGBT



 再び一色海岸へ。
一色海岸01

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 素足は引き潮に埋もれて 心はあなたへ寄せてゆく のめりそうな影を 風が抱いてる(松任谷由実「海に来て」)
2012050510.jpg



 楽しいビーチでの半日でした。


 その後は、京急で横浜市内へ移動し、この日にオープンの「SHIPにじいろキャビン」を連れ合い氏と訪問。最寄りの京急駅で豊島区議の石川大我さんとばったり会い、3人でお邪魔しました。途中、友人も来て、楽しい時間を過ごしました。

さよなら36歳

つい先日、36歳の1年間を終えました。


 昨年の誕生日は、中野区議選を終えて2週間弱。ということで、この1年間は、「オープンリーゲイの議員を連れ合いに持つ、オープンリーゲイ(というと、若干大げさだけど)」という、日本で今まで誰も体験したことのなかった1年でした。


 年4回の区議会定例会では、連れ合い氏の一般質問や総括質問を必ず傍聴しています。その度に本職は早退をしていますが、選挙の時も含めて、幸いにも理解のある職場なので、問題なく本職に勤しんでおります。また、早退が増えたことで、仕事における有効な時間の使い方や、仕事を他者に振ることも学べたような気がします。


 昨年6月、9~10月、12月、そして今年2~3月と年4回の区議会定例会もひと通り経験して、年間のリズムも身についてきました。一般質問や総括質問のネタ探し、質問原稿のが上がってきた後の校正、質問原稿の読み練習、質問本番(=傍聴)。これと並行して、「たつのこ通信」(議会活動報告)の企画・編集会議、原稿チェック・校正、入稿・納品、発送・ポスティング作業のサイクルが循環します。さらに学習会や区政報告会の企画・告知・開催も同時に走っています。


 それ以外の活動では、特別配偶者法全国ネットワークの共同代表を引き続き務めています。昨年8月には民主党「人権問題を市民と共に考える議員連盟」のヒアリングで発言をさせていただきました(参照:議員連盟メンバーである松浦大悟参議院議員のブログ記事)。また別のエントリーで書くと思いますが、先日の東京レインボープライド2012では、パレードでTBSラジオ「dig」の取材を受け、私のコメントもOAされました。


 プライベートでは特筆すべきことは何もないと思うのですが、昨年3月の入院を経験して以来、なるべく疲れを溜め込まないように気をつけています。時間があるときは結構寝ています(笑)。そんな中でも36歳の1年間で思い出深いのは、昨年7月に少しゆっくり帰省したこと。そして、昨年9月のレインボーマーチ札幌とその後のフライングステージ公演で、札幌の友達・東京の友達、連れ合いや実家の母が一同に会したことでしょうか。


 37歳の1年間も心身ともに穏やかに過ごしていけたら、と思っています。

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プロフィール

赤杉康伸

Author:赤杉康伸
赤杉康伸(通称:NOV)

1975年5月、札幌市生まれ。2001年3月下旬から東京在住。2001年3月、北海道大学大学院 法学研究科修士課程(専修、公共政策コース)を修了。

札幌・東京における性的マイノリティ中心のパレード運営に参画。その間、2004年7月には、共編著で「同性パートナー -同性婚・DP法を知るために-」(社会批評社)を出版。

現在、東京メトロポリタン ゲイフォーラム 共同代表。NPO法人 共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク 理事。特別配偶者法全国ネットワーク メンバー。

当面は、近況報告や政治関連の記事をアップ予定です。「複雑な現実に向き合いながら折り合いをつけ、相手に『敵方』のレッテル貼りをせず、まずは対話を重視する政治」「多様な人々の、多様な利害を調整する政治」がモットー。

Twitterはこちら。メールはy.akasugi@gmail.com まで

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