NOV'S BLOG

LGBTやSOGI(性的指向・性自認)に関する政治動向・理論や活動などについて、主に綴っているブログです。

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「武力なき戦争」からの脱却

 昨日、都内某所で20代ゲイの友人・知人たち(いずれも、アカスギ的にはイケメン)に肩を揉んでもらう機会があったんですが(別にエロなし←要らぬ情報)、僕の肩は凄く凝っているというか、筋肉が半端なく張ってるんだそうです。友人の一人曰く「こりゃ、病院に行くべきかも・・・」とのこと。えぇ、多少は肩凝り持ちって自覚はありましたが、そこまで酷いのね、アタシの肩と周辺の筋肉。まずは手始めに、マッサージ(エロなし←しつこい)に行ってみようかしら。





 閑話休題。しばらくゲイ活動関係を休養中の人間が主のブログなので、あまりチェックされていないかなぁと思っていたのですが、前々回のエントリー「一旦、『セクシュアリティと政治』への強いこだわりから離脱してみる」はそれなりに注目を浴びたみたいで。当日と翌日のアクセス数が普段の倍くらいありました(汗)。





 そりゃまぁ、今まで「LGBTと政治」「ゲイと政治」みたいなことを盛んに言ってた人が、あんなタイトルのエントリーをアップすれば、「何事だ?」という風に一瞬思うよなぁと我ながら納得。内容まで読んでいただくと、「セクシュアリティと政治」そのものを否定しているわけでは無いことを理解していただけるとは思うのですが。でも、まぁ、「アカスギ、ご乱心?」みたいに思っている人もいるかもしれないので、ちょっと付け足しというか補足を書きたいと思います。





 ゲイとして、あるいはセクシュアル・マジョリティではないセクシュアリティやジェンダーのあり方を生きる人間として、抑圧されていると感じる期間が長ければ長いほど、政治に目が向いたときの爆発度合いというか、承認欲求が強いんだなぁとあらためて実感したのが、昨年の一連の選挙でした(長い一文だなぁ・・・)。自分は24歳になる年(1999年)に、札幌のゲイコミュニティにアクセスするようになりましたが、当時の自分もやっぱりそういう傾向はあったもんなぁ。





 ただ、幸いにしてというかなんと言うか、自分はゲイ・アイデンティティよりも、政治学徒アイデンティティやNPO活動アイデンティティが先立つ人間。政治の重要な役割の一つが、「様々な人間の様々な利害を調整すること」ということが、学問的にも、NPO活動に関わる過程でも、感覚的に身についていた人間ではありました。





 その後、「セクシュアリティと政治」に随分と傾斜するようになっていった私。GID特例法問題に端を発した論争で発言し、同性パートナーシップの法的保障関連で本を出し、パレード運営に携わり、そして選挙にも携わりました(どころの関わり方じゃなかったのは、ご存知のことかと)。最初期は承認欲求が強く、理念の旗を守ることこそ第一義でした。要は若かったのかな。





 そんな自分も、活動関連で企画・運営・渉外という仕事を担うようになった昨年頃から「具体的にどのように社会に働きかけ、現実を動かしていけばよいか?」「他者と問題意識を共有するにはどうしたらよいか?」と考えるようになりました。そして立ち返ったのが、「政治の重要な役割の一つは、様々な人間の様々な利害を調整すること」という事実。





 理念を唱えて、その実現を主張することは、ある意味とても簡単です。あまり悩む必要は無いし、自分の正しさを信じてさえいればよい。





 しかし、「対立勢力」と思っている相手方だって理念を持っているし、その実現を図るべく行動しています。ここで、対立する相手方の理念をやっつけ、あくまで満額回答を求めるというのならば、それはもはや政治ではなく「武力なき戦争」です。ゲイ活動(若しくはLGBT活動)を行なっている人間が、「武力なき戦争」をやってしまっては、多様性という大原則に背くことになるのではないでしょうか。





 9割方、自説が正しいと思っても、相手の意見にだって見るべきものはあるかもしれません。また、「9割方正しい」自説を実現するに当たっては、法律を作り、政策を実現させる必要があるわけです。そうした政策や法律が日本全体で効力を持つ以上、その過程で社会の色々な層に影響が出てきます。





 「セクシュアリティと政治」の観点から正しい(と思われる)理念を実現する場合でも、利害が共通する他の層と理解を深め合い、協力することで、よりスムーズに実現が可能になるかもしれません。また対立する層に対しても、「自分たちの抱える問題が、実は社会の他の層にも関係がある、『公共的な解決が必要な課題』」なのだということを上手くアピールできれば、抵抗は少なくなるかもしれません。場合によっては協力者にすることだって出来るかも。



 

 そのためには、「セクシュアリティと政治」に過度に縛られること無く、どのような社会を望み、そしてどのような社会の一員で居たいのかという視野をもつことが重要になってくるでしょう。そうなると、セクシュアリティやジェンダーとは異なる要素も色々と

入ってくることになると思います。年齢、地域、職業、経済状態、健康状態、国籍・・・。





 そう、そうしてセクシュアリティやジェンダーが、色々ある要素の中の一つだと気づくことが出来れば、「セクシュアリティと政治」をめぐる昨年来の熱狂と失望から解放されるでしょう。そして、各々の価値観に基づき、冷静に現実と政治を結びつけることが出来るのだと思います。





 逆に、セクシュアル・マイノリティ当事者で、これから政治を志す人間がもしいるのであれば、「セクシュアリティと政治」というシングルイシュー・ポリティクス(もしくは、過度なアイデンティティ・ポリティクス)で立ち向かえるほど、政治や社会そのものも、そして(当事者であるかないかを問わず)有権者も甘くないということは、肝に銘じておく必要があると思います(これは、強い自戒を込めて)。





 いわゆる「コミュニティ」内部でのアクションは、次々に新しく出てくる層や若い層が担ってくださると思うので、自分は今後、今までの経験を活かしつつ、「コミュニティ」外部への働きかけや、パースペクティブの提示といった作業に携わることができればいいなと思っています。なので、そのパワーが充填されるまでは、しっかり休養したいと思っています、心身ともに。まずは手始めに、マッサージ(エロなし←本当にしつこい)に行ってみようかなと。

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プロフィール

赤杉康伸

Author:赤杉康伸
赤杉康伸(通称:NOV)

1975年5月、札幌市生まれ。2001年3月下旬から東京在住。2001年3月、北海道大学大学院 法学研究科修士課程(専修、公共政策コース)を修了。

札幌・東京における性的マイノリティ中心のパレード運営に参画。その間、2004年7月には、共編著で「同性パートナー -同性婚・DP法を知るために-」(社会批評社)を出版。

現在、東京メトロポリタン ゲイフォーラム 共同代表。NPO法人 共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク 理事。特別配偶者法全国ネットワーク メンバー。

当面は、近況報告や政治関連の記事をアップ予定です。「複雑な現実に向き合いながら折り合いをつけ、相手に『敵方』のレッテル貼りをせず、まずは対話を重視する政治」「多様な人々の、多様な利害を調整する政治」がモットー。

Twitterはこちら。メールはy.akasugi@gmail.com まで

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